裕福な魔女はなぜ魔女裁判にかけられたのか？財産と権力の狭間で生きた女性たち

魔女狩りというと、貧しく社会的に弱い立場の女性が犠牲になるイメージが強いかもしれません。けれど実際には、財産や地位を持った裕福な女性たちも魔女として告発されることがあったのです。

なぜ「裕福であること」が、時に命取りになったのでしょうか？
本記事では、「裕福な魔女」をキーワードに、魔女裁判の背後にある社会的な力関係と財産争いを紐解いていきます。

魔女狩りは貧しい人だけが標的だったわけではない

魔女狩りの犠牲者の多くは、独身女性、未亡人、孤立した老人など、社会的に弱い立場にある人たちでした。
彼女たちは「奇妙」「変わっている」「目立たない」といった理由で異端視され、魔術を使ったとされて処刑されました。

しかし、「すべての魔女が貧しかったわけではない」という事実は、歴史の中で見落とされがちです。財産や影響力を持った女性たちもまた、別の理由で魔女とされることがあったのです。

裕福な女性が魔女とされる理由の一つは、「財産の再分配」という現実的な目的です。
魔女とされた者の財産は没収され、告発者や教会、地方の有力者のものとなりました。

つまり、魔女裁判は迷信ではなく、財産を狙った政治的・経済的な操作の一環でもあったのです。
特に独身で子どもがいない裕福な女性は、遺産相続者が不在であるため、狙われやすい存在でした。

中世から近世にかけて、女性が「知識」や「独立性」を持つことは警戒されていました。
裕福な女性は、地域社会における影響力や発言力を持ちうる存在だったため、時に男性権力者と衝突し、魔女として排除されることがありました。

アリス・キテラ（Alice Kyteler）は14世紀アイルランド・キルケニー出身の裕福な女性で、魔女裁判にかけられた最初期の実在人物とされています。

彼女は4回結婚し、すべての夫から財産を受け継ぎました。夫たちが次々と病死したこと、そして彼女が莫大な財産を持っていたことから、最後の夫の親族が「魔術による毒殺だ」と訴え、彼女は魔女として告発されたのです。

アリスは強力な政治的支援を得て、イングランドへ逃亡し処刑を免れました。
しかし、彼女の召使いであったペトロニラ（Petronilla de Meath）は、「アリスの魔術の共犯者」として火刑に処されました。これはアイルランド史上初の魔女処刑でもあります。

この事件は、「裕福な魔女は逃れ、貧しい女性が身代わりになる」という魔女裁判の不平等性を象徴するケースでもあります。

裕福であることはリスクでもありましたが、その分「逃れる手段」も持っていたと言えるでしょう。

王侯貴族とつながりを持ち、政治的な保護を得ることで裁判を回避できることがありました。

薬草学や天文学など、魔術と紙一重の分野で「ヒーラー」「占星術師」として社会的役割を果たすことで、異端視を回避した女性もいます。

表向きには敬虔な信徒としてふるまいながら、裏では秘密裏に魔術を行うという「二重生活」を送っていた例もあります。

魔女狩りの背景には、宗教的な恐怖や迷信だけでなく、財産・権力・性別による社会的な構造問題が潜んでいました。

裕福な魔女は、その財産ゆえに狙われる一方で、逃れるための手段や支援を持っていたため、生存率も高かったと言えます。
アリス・キテラのような例は、魔女裁判が単なる宗教的迫害ではなく、社会の歪みを映す鏡だったことを示しているのです。